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東京高等裁判所 昭和25年(う)5086号 判決

控訴人 被告人 木村正男

弁護人 後藤末太郎

検察官 入戸野行雄関与

主文

原判決を破棄する。

本件を前橋地方裁判所桐生支部に差戻す。

理由

弁護人後藤末太郎の控訴趣意について、

第一、二、刑訴法第三二八条所定の目的のみのために同条に則つて提出した証拠によつて被告人の罪状を認定する証拠とすることはできないと解するのが相当である。蓋し新法は強く当事者主義を採用しているから、当事者の立証の趣旨に従うのが相当である。当事者において一定の証拠の証明力を争うために提出したものがたまたま罪となるべき事実認定の証拠とするに適当のものであつても当事者においてこれを犯罪認定の証拠として提出若しくは援用しないのに裁判所がこれを採つて犯罪の証拠とすることは許されない。これを許すことは当事者主義に反するのみならず、被告人並びに弁護人にとつては不意打でその防禦権を侵害するおそれもあるからである。

さて記録を調査するに、原判決は本件公訴事実中第三の事実を認定するに当り内田善次郎作成名義の被害届と同人の検察官に対する供述調書を援用しておること所論の通りである。ところが右被害届は証人内田善次郎が原審公判廷で証言した後に検察官は右証人の公判廷に於ける証言の証明力を争うためにその取調を請求し、その趣旨で証拠として採用せられたと認められる記載がある外その前後の記載に徴すると右被害届は刑訴法第三二八条に則つてその目的のみのために提出されたものと認められる。従つて右証拠は只単に証人内田善次郎の公判廷に於ける本件ギターは被告人に贈与したという趣旨の供述の証明力を争うためであるに過ぎないものである。従つてそれ以上進んで右被害者によつて右ギターは被告人に盗られたとか又は横領せられたとかいう証拠力とする訳にはいかぬものと解しなければならぬ。しかるに原判決はこれを綜合証拠の一つとして援用したのは違法で右違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は破棄を免がれない。論旨は理由あるものである。

よつて刑訴法第三九七条、第四〇〇条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

弁護人の控訴趣意

第一、原判決には訴訟手続による法令の違反がありその違反が判決に影響を及ぼすことが明かである。

原判決は本件公訴事実第三の事実を内田善次郎の被害届書及同人の検察官に対する供述調書等の証拠によつて認定しているが、右被害届書は被告人に於て証拠とすることに同意しない為刑訴第三二八条により証人内田の証言の反証として提出されたものでこれによつては公訴事実第三の事実を認定することはできない。従て右公訴事実は前記検察官に対する供述調書によつてのみ認定できるわけであるが同供述調書は刑訴第三二一条一項二号但書によつて証人の公判期日に於ける供述より信用すべき特別の情況の存するときに限るのであるから右供述調書を証拠とする為には其特別の情況の存在を調査する必要あるに拘らず原審ではどこにもこの調査はなされていないし尚刑訴第三二五条に則つてあらかじめ原供述の任意性の調査がなされた後でなければ証拠とすることができないに拘らず斯る調査も為されていない。

しかも後記する如く原供述者の作成名義に係る被害届書そのものの成立及記載内容が甚しく疑しい上に証言と著しく相違する右供述調書は特に以上の調査が慎重に為されねばならぬに拘らず何れの調査もせずこの供述調書に付証拠調が為された訴訟手続は法令に違反したものでその違反は明かに判決に影響を与えたものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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